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タイトルの通り、哲学に近いこと(科学思想、文学思想、現代社会も含むと思う)の覚書。 ページ内検索はCtrl+F。
現象学的身体 <近代西欧のパラダイム-デカルト二元論>
実体…それ自体で存在できる
実体には二つありそれが精神(subject)と物体(object)、と考えることで自然科学の客観性と獲得する。
さて、人間は身体と心の二つから成るが、身体は物体であり、心は精神である。物体と精神は正反対の
ものであるが、実際人間は心を使って身体を操れる。これは一体何故なのか、という問題が発生。
→認知科学(唯物論)、あるいはフッサールの現象学が登場。

フッサールの現象学
近代的二元論を忘れて、進退のありのままを捕らえる。
(私S)→(物体O)≠(身体(私))

「物語」論 - 歴史
story=history
無数の出来事から恣意的な出来事A,B,Cを選んで「A⇒B⇒C」を一つの歴史と呼ぶ。
「歴史」とは「過去の事実」ではなく、現実の語り手(歴史学者)が自身のイデオロギーや価値観・所属
によって偏向した解釈である。
 ⇒(考え1)歴史解釈は、慎重かつ検証を重ねる態度が求められる。
 ⇒(考え2)歴史は、国益を重視して自由に語られるべきだ。

随想の読み方
○筆者の主観・心情を重視。○本文中の抽象概念(多くの場合希少)を確認。○表向きの卑近な話題(象
徴)の背後にある一般的な主題を捕らえる。

「時間」論
@直線的時間意識(ユダヤ教的)
 神話における創生と終末のように始点と終点を結ぶ一直線が時間。そこでは歴史は一回性、不可逆性を
持つ。なぜならば、時間は過去、現在、未来からなるが、実際に存在するものは現在という一点のみだか
らである。近代(科学)における時間の概念もこれ。時間は同質、同量である。
A円環的時間意識(古代ギリシャ・仏教的)
 生物の時間を考えた時、生、死と来て、七七日(中陰)を過ごした後、再び生を迎える。即ち、回帰的・
反復的・周期的な性質を持つ。これによって伝統社会が形成される。

環境保全
環境破壊は「悪」だ。⇒停止・保全を目指す。⇒原因の除去
そもそも原因とは人間の経済活動である。これは人間の生存に不可欠で基本的人権でもある。
開発事業が環境破壊を進めている。そこでこれを抑制したい。
裁判に訴える時
@自然と生物の為に訴える。⇒自然と生物には裁判に出席して頂けないし、人権を持たない。
A人体に悪影響が出たと訴える。⇒o.k.

ユーモアとエスプリ
Humor(ユーモア)…諧謔:自己を笑いの中心に置く。
Esprit(エスプリ)…機知:他者を笑いの中心に置く。

近代西欧の基本原理
分析と総合がそれである。
分析…基本単位へと分析し、全体としては複雑なものを平易に理解すること。分析したものは総合可能。
即ち、技術的生産が可能(要素還元主義)。
例)音楽(全体)を分析して、一つ一つの音の集まりとして捉える。
分析不可能なものとしては、芸術、生命など。

近代芸術と(日本の)伝統工芸(民芸)
近代芸術…西欧近代社会の価値観そのものが投影されている。即ち○個人主義○人間中心主義○合理主義。
求められ重視されるのは「作者」の才能、個性、独創性。(『後世に名前を残したい。』)

(日本の)伝統工芸…作者に相当するのは無名・匿名の職人。求められるのは実用の美である。
重視される考え方は使用者本位。(『庶民の生活の中に伝統を残したい。』)

進歩史観
時代が進むにつれ社会の価値は常に(単調に)増加する。現在に比べ、過去は取るに足らない物であり、
未来は今より確実に価値のあるものである。価値の量化がなされる。時たま量の単位として貨幣が用いられる。