日記 intime o'
雪草 2009/12/31(Thu.)雪草を摘みに、久々に山に登った。行きは徒歩で、山頂で少しのんびりして、 帰りはロープウェイという事なので軽装にした。一時間ほど変わらない景色の中歩い て、それがまた穏やかな傾斜なものだから、なんだか上っているのか下っているのか 分からなくなるという奇妙な気分になった。 山頂、少し見晴らしの良い場に出て雪草が沢山生えているのは、分かったけれど、 今すぐ収穫しなくても、まあ下りる直前に集めればいいだろう、それよりも気になっ たことに、フリーマッケットが行われていた。こんなに寒い中わざわざしなくとも、 と考えた時、不思議と空気は暖かいことに気付いた。売ってあるのは大半が古着で、 見る気にもならない。それよりも面白いのは、押入れにでもしまっていたガラクタの ようなものである。オイルライターをこれでもかと並べてある者、CD やら玩具やらと 不統一な物、また文庫本を並べてあったので一応タイトルをざっと見た。気に入った タイトルの本についてのみ表紙を見て、また表紙が気に入ったものについてのみ、ペ ージをバラバラとめくって、そこでやっと本を評価する難癖がある。家においておく 以上、表紙も気に入らないといけない。長々と観察した結果、「99%の誘拐」という本 を一冊とWATERMANの万年筆を大変安く購入した。 端っこに設置された木で出来たベンチに腰を掛け、買った本をもう一度バラバラと めくり、作者が既に読んだことのあるチョコレート戦争の作者でもあることを知った。 いつのまにか隣に座り煙草を咥えていた老人に話しかけられた。自分のような学生身 分が一人で来ているのは珍しいらしくどうやらずっと目をつけられていたらしい。 「このフリーマーケットはもう18回目になる。わしは一回目からずっと来ておる。」 自分はその時、勝手にこのフリーマーケットは9年目なのだろうと考えた。つまり一 年に2回行われているのだろう、と。しかし、だからと言って何を答えていいのか迷 った。ただ、はぁと気の抜けた返事をすると 「君は学生さんかい」 と予想通りの質問をされた。自分はこういった身分を聞く質問には答えないことに決 めていたので 「気晴らしの運動がてら、登ってきたんです。そしたら偶々、」 自分が本を持っていたので、本が好きなのか、はい、いつも本を読んでいます、蟹工 船は読んだことがあるか、いいえ、まだです。「まだ」と言ったが別に将来読むつも りも無く、すると小林多喜二はいい、と絶賛しだして、ああ面倒な爺さんだ、やっぱ り気の会わない人と無理に話をして暇つぶしなんてするもんじゃない、と再確認した しだいである。こちらがうんざりしているのを全く見ないで蟹工船が説く問題を延々 と語り始め、自分が経験した辛い学生時代をまた語り始めた。勉強が嫌になり、三本 立て映画館に入り現実を忘れた。映画館から出てまた再び現実に押し戻され背中を丸 め歩いていると、前からよろよろと、背中を丸め地面だけを見つめ、そしてぶつぶつ と小声で何やら空に投げかけた文句を言っているサラリーマンを見た、と。こんな人 だって生きているのだから、自分が生きて何が悪い。それを素晴らしい発見として語 る。思い出した、女と年寄りはただ話したいのであって、話し合いたいのではないの だ、私に求めらるるは、ただ素晴らしい相槌である。すばらしいタイミングで、でき るだけ豊富な語彙を、すなわち同じ語を繰り返すことを避けて、また音量にも気をつ けながら発する、と。 悪趣味なジャケットの内ポケットから、何十年もその行為をしてきたかの程に手馴 れた手つきで、真っ白な箱をすっと取り出した。墨で「ゆき」と書かれたような印刷 であった。気付くともう5時で随分とあたりは夕日で赤くなっていた。ふと見ると大 半の出品者が品を片付け始めていた。自分ももう帰る、と隣の夢現の老人に言ってロ ープウェイの乗り場に予め買っておいたチケットを見せ、ロープウェイが来るのを待 った。次のロープウェイは何時か、と係りの人に尋ねると、ただ二十分毎に来ること だけ告げられた。待っているとまた老人が来た。なれなれしい口ぶりとリュックの色 を見るに、先程話した老人である。二十分間隔ともなれば、皆が同じ車両に乗りあう ようなことも避けられまい。あんまり気乗りしなかったが、ここで「やっぱりもう少 し山を見て回ろうかな」なんて白々しいことも言えないので黙って座っていた。 「あんたは何て名前なんだ。」 老人の方を向くと帽子に雪草が挿されてあった。 それはあまりに似合わない。
コメ(0) | トラ(0)
(c)Kero's World